- 福老 後藤 恭成
認知症の方の心をつかむケア技法「ユマニチュード」とは
ユマニチュード(Humanitude)とは、知覚・感情・言語による包括的コミュニケーションに基づいたケア技法です。フランス語で「人間らしさ」を意味する「ユマニチュード」には、「人間らしさを取り戻す」ということも含まれています。
ユマニチュードは、「人とは何か」「ケアをする人とは何か」を問う哲学と、それに基づく実践的な技術から成り立っています。 この技法の特徴は、ケアの対象となる人の「人間らしさ」を尊重し続けるということです。ケアをする人は、ケアを受ける人に、たとえ反応がなくても「あなたを大切に思っています」「あなたはここにいますよ」というメッセージを発信し続けます。
具体的には、「見る」「話す」「触れる」「立つ」という人間の特性に働きかけ、ケアを受ける人に「自分は人間である」ということを思い出していただきます。そして、ケアを通じて、言葉によるコミュニケーションが難しい人とポジティブな関係を築いていくのです。その結果として、下記のような効果的な事例がみられることがあります。
・攻撃的とみなされていた方がケアを受け入れるようになった ・言葉を発しなかった方が再び話すようになった ・寝たきりの状態だった方が立ち上がり、歩けるようになった など

重要なポイントは「ご本人のレベルに応じたケアを本当に提供しているかどうか」です。ケアを行うときは、お一人おひとりの心身状態を見極めて最適なケアを行います。 ケアレベルの設定では、「ご本人に害を与える可能性のあることは行わない」ことが大切になります。ユマニチュードでは、「忙しいから」「転ぶと危ないから」などの理由で行ってしまう強制的なケアをゼロにすることを目指します。
〇ケアのレベル
①回復を目指す
たとえば清拭(せいしき)の場合、少しでも立位保持が可能な方には立っていただいて行います。こうすることで筋力の低下を防いだり、関節の可動域を大きくしたりできます。
②機能を保つ
たとえば歩ける方なら、移動するときに車いすを使わずに歩いていただきます。もし途中で車いすが必要になるとしても、歩けるところまで歩くことで現在ある機能を維持します。
③最期まで寄り添う
末期がんなどで健康の回復や機能の維持が難しい場合は、できるかぎり穏やかに過ごせるように寄り添います。しかし、たとえ緩和ケアであっても、ご本人の残っている力を奪わないようにすることが大切です。
〇見る
水平に目を合わせて、正面から、顔を近づけて、見つめる時間を長くとるようにします。 水平な高さは「平等」、正面の位置は「正直・信頼」、近い距離は「優しさ・親密さ」、時間の長さは「友情・愛情」というポジティブなメッセージになります。 ユマニチュードでは、ベッドに寝ている方が壁側を向いていたらベッドを動かしてでも正面から近づき、視線をつかみにいきます。
〇話す
ポジティブな言葉を用いて、優しいトーンで、穏やかに、歌うように話しかけます。返事やうなずきなどの反応がない場合は、「オート(自己)フィードバック」という技法を用いてみます。 オートフィードバックとは、自分の行っているケア内容を実況中継することです。たとえば「これから腕を洗いますね」「温かいタオルを持ってきました」「肩から洗いますね」「あったかくなりましたね」「気持ちいいですか」などの言葉をかけ続けます。
〇触れる
ポジティブな雰囲気でゆっくりと、手のひら全体で広い面積で、なでるように優しく触れます。触れるときは飛行機が着陸するイメージで、手を離すときは飛行機が離陸するイメージです。移動の際は10歳の子ども以上の力は使わず、身体のある部分を動かす際は、5歳の子ども以上の力を使わないように意識し、力づくで行わないようにします。
手や顔、唇などの敏感な部位にいきなり触れると驚かせてしまうため、最初は上腕や背中などから触れましょう。 また、手首や足をつかむとネガティブなメッセージを伝えてしまいます。ケアを行うときは親指を手のひらにつけて、無意識につかんでしまわないように注意することが必要です。
〇
立つ
「立つ」ことには、骨に荷重をかけて骨粗しょう症を防いだり、筋力の低下を防いだりする生理的メリットがあります。また、血液循環を改善し、肺の容量を増やすこともできます。
ご高齢者は、3日~3週間ほどで寝たきりになってしまう場合があります。ケアが必要なご高齢者には、立って歩く機会を1日20分程度つくることが必要です。
たとえば40秒間の立位保持が可能な方なら、40秒立っていただいている間に、清拭や洗面、歯みがき等のケアの一部を行うことができます。近くにいすを用意して、立位や座位を組み合わせるなどの工夫をしてみましょう。それぞれの時間を合わせれば、20分ほど立っている時間をつくれます。

1 出会いの準備
自分が来たことを、扉をノックすることで相手に知らせて、「ケアの予告」をするプロセスです。来訪を告げたら相手の反応を待ち、徐々に自分の存在に気づいてもらいます。
① 3回ノックします ② 3秒待ちます ③ 再び3回ノックします(1回目のノックで返事があれば不要です) ④ 再び3秒待ちます ⑤ (反応がなければ)1回ノックしてから「失礼します」と声をかけて部屋に入ります ⑥ ベッドに近づいたら、足元のベッドボードを1回ノックします
何回もノックを繰り返すことには、相手の覚醒水準を徐々に高める効果があります。 覚醒水準が低い状態にある方、覚醒していても認知機能が低下している状態の方は、状況をとっさに理解することが難しいため、声をかけるときは相手を驚かせないことが大切です。
大部屋の場合は、カーテンを開ける前にお名前を呼んで3秒待ったり、壁や足元のベッドボードをノックしたりします。車いすに座ったままウトウトしている方の場合は、車いすの横にあるボードをノックしてから声をかけてみましょう。
2 ケアの準備
ケアについて同意を得るプロセスです。このステップでは、以下のことに注意します。
・正面から近づく ・相手の視線をとらえる ・目が合ったら2秒以内に話しかける ・最初からケアの話はしない ・身体のプライベートな部分にいきなり触れない ・ユマニチュードの「見る」「触れる」「話す」の技術を用いる ・3分以内に合意がとれなければ、ケアは後にする
認知症の方を驚かせないために正面から近づき、視線を合わせます。目が合ったらすぐ(2秒以内)に、ポジティブな言葉で話しかけましょう。たとえば「入浴」という言葉に拒絶反応を示す方には「さっぱりしましょうか」と言いかえるなど、嫌がる言葉をできるだけ使わないように配慮します。
また、ご本人の同意を得られるまでケアの話をしないことも重要です。「○○さん、お風呂ですよ」「お薬ですよ」と話しかけるのではなく、"あなたに会いに来た""あなたと話をしに来た"というメッセージを伝えます。
所要時間20秒~3分と短いこの過程のポイントは、3分以上時間をかけないことです。3分以内に合意が得られない場合はご本人の意思を尊重し、いったんケアをすることをあきらめて出直します。ご本人の緊張感を少しやわらげて第5ステップ《再会の約束》に移り、次の機会を待ちます。
3 知覚の連結
ケアを実践する上で最も重要なステップです。ポイントは以下の2点です。
・常に「見る」「話す」「触れる」のうちの2つを行うこと ・五感から得られる情報は常に同じ意味を伝えること
相手の「視覚」「聴覚」「触覚」のうち、少なくとも2つ以上の感覚にポジティブなメッセージを同時に伝えます。 たとえば、ご本人の背後から優しく声をかけていても、返事を待たずに腕をつかんで歩行介助をしたら「負のメッセージ」を触覚に与えてしまい、ケアの拒否につながるかもしれません。「笑顔」「穏やかな声」「優しい触れ方」を同時に用いることで《知覚の連結》がうまくいくと、ケアを受ける方は緊張がやわらいで心地よく感じられます。
4 感情の固定
ケアが終わったら、気持ちよくケアができたことをご本人の記憶に残し、次回のケアにつなげるステップです。
・ケア内容を前向きに確認する ⇒ 「シャワーは気持ちよかったですね」など ・相手を前向きに評価する ⇒ 「シャワーをしてさらに素敵になられましたね」など ・共に過ごした時間を前向きに評価する ⇒ 「私もとても楽しかったです。ありがとうございます」など ・前向きな言葉、友人としての動作で ⇒ ポジティブな「感情記憶」を残す
感情に伴う記憶は、認知症が進行した方にも残ります。「この人は嫌なことはしない」「この人とはよい時間が過ごせる」という感情記憶をしっかりと残すことで、次回のケアを気持ちよく受けていただける可能性を高めます。
5 再会の約束
そばを離れる前に「また会いたいですね」「また来ますね」と《再会の約束》をします。 このステップは、記憶ができない方にとっても重要です。約束した内容は覚えていなくても、ポジティブな印象が残っていれば、次回のケアのときに笑顔で迎えてくれる可能性があります。
ユマニチュードでは、ご本人の同意を得ないまま行う「強制ケア」をゼロにすることを目指しています。時間に追われる介護の現場ではなかなか難しく、周囲の理解を得るのも最初は大変かもしれません。 しかし、ユマニチュードは、ケアを受ける方はもちろん、ケアをする方も楽しみと満足を得ることができる技術です。また、ユマニチュードの導入によって業務の効率化を実現できた事例もあります。